朝からの冷たい雨、コタツの有難みがよく分かる季節です
本ブログでもときどき紹介してますが骨董の分野が存在します。
別に商売をやってる訳ではありませんが、まぁ世間一般の壺や掛け軸などの類とは
一線を画しており、ただの収集癖とでも言った方が正解でしょうか。
気の向いたときに骨董市でもぶらり、オークションもチラリとのぞく程度に
留めています。
今回の宮崎旅行で地元ブロガーの“ひとえさん”から骨董市が開かれるとの情報を入手。さっそく現場へと向かいました。
地元のスーパーの駐車場を利用したもので数十件の出店があります。
規模にしては小さい方でしょうか。
取りあえずは、興味を示さない程度におっちゃん達の広げるブースを確認します。
あまり熱心だと法外な値で売りつけられる恐れあり
彼らは百戦錬磨、つまり足元を見られる訳だ
そして1軒の興味の引く店が目に留まりました。
しかしいきなり飛びついてはいけませんよ、さも自然さを装うようにゆっくりと
しかしいきなり飛びついてはいけませんよ、さも自然さを装うようにゆっくりと
腰を下し、目的の脇にある品物から順に攻めていきます。
すると店主(女性もいます)が良さのウンチクを語り始めます。
(地方の豪農の解体した蔵から出てきた、倒産した社長から預かった、これが最後二度とは出ない、お客さんは目が利くなど)
そこはふ~んと軽く聞き流し気に入ったモノが無いそぶり、このときすでに駆け引きの状態へと突入しているのです。
しっかりと目的のモノを確認したら、これいくら?と気だるさの雰囲気で尋ねること。間違っても「キャーこれ前から欲しかったんだぁ、とか懐かしいなぁ」は禁句。
すると恐ろしい値段を言ってきますので、ひるまず高い!と言って手を離す。
立ち去ろうとすると再度声をかけてきますので世間相場並みの値段(目安は店主の言い値の半分以下)をこちらから言います。
すると店主も”こいつは知ってるな”と思い観念するのです。
けどこのパターンにならなくても大丈夫。一度去ってまた舞い戻る作戦もありです、
とゆうのもいちいち客の顔を覚えていませんので、しかも閉店の時間などに押し掛け、今日の売り上げはどうだい?→ダメだなぁ→じゃ少し協力するか→その代り安くして、こんな作戦もいいかも。それと必ず値切ることが重要です。
そして今回、北国が手に入れたものは・・・4枚/百円
昔の五円玉でしかも穴なし、どうですか?懐かしいですよね・・・思わず懐かしさのあまり購入してしまいました。小遣いとしてもらった五円玉、なぜ「●●だま」というのかは知りませんが、親が手渡しするときに言ってたような記憶があります。
昔の五円玉でしかも穴なし、どうですか?懐かしいですよね・・・思わず懐かしさのあまり購入してしまいました。小遣いとしてもらった五円玉、なぜ「●●だま」というのかは知りませんが、親が手渡しするときに言ってたような記憶があります。
これを握りしめ駄菓子屋に行くのです。当時は五円で色んなものが買えました。ア
ンパン1個、くじ引き、名前も思い出せない食べ物も沢山ありましたね。
特に穴なしの五円玉ついては・・・
昭和23年から24年の二年間に74,520千枚ほど発行されました。
実は大砲の薬きょう(火薬をつめる筒)をつぶして作られたといいます。
昭和23年から24年の二年間に74,520千枚ほど発行されました。
実は大砲の薬きょう(火薬をつめる筒)をつぶして作られたといいます。
戦争に負けて国中が焼け野が原になってしまった日本は「平和に暮らせますように」という願いをこめ鳩の図柄,「国民の政治で日本の進むべき道を決めるという国会議事堂」という二つの願いをこめたデザインを書いて「五円玉」を作りました。
明治時代の政治家で自由民権運動の主導者と知られ、一般大衆から絶大な支持を受けていました。
そうですか、やはり貴方も思わず口にしましたか”
板垣死すとも自由は死せず“これを唱えるようでは筋金入りですね
以上二点を紹介しましたが、お金になるとほぼ偽物がないのと
自身の懐古趣味みたいなものもあると思います。
今日の締めですが骨董たるもの要は
高くても本人が納得して手に入れたければそれでいいのかな。
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